毎日出る熱のひきがとても早くなっていき、頭痛や頭重も早く消えかかるようになっていったのです。
点滴でトイレが近くなっていたのですが、水をしっかり飲み出すと、それがさらに早くなっていって、何か汚いものが体から出ていっているという感じがするんです」水のせいか、急速な回復力一五月の入院後、貧血こそまだ残っていたが、体力のほうはかなり一戻ったということで十月末に退院した。
退院と同時に自宅に、自然回帰生水器を取り付け、水飲み健康法を本格的に開始した。
「本格的にやる決心をしたのには、理由がありました。
退院するとき、病院でショックなことを言われたのです。
Tさんは介護保険と訪問看護を受けられますから、申請するように、と。
私、四十歳を三つくらい出たばかりでしたから、介護なんてお年寄りのイメージしかなかったので、自分は病院からみるとそんな存在なんだろうかつて。
それで、ょうし、それならこのお水で元気になって、まだそんな対象になるような年じゃないってところを見せてやろう、と勇み立ったんです。
帰ると同時にもうガンガン水を飲みました。
水は薬じゃないけれど、体の代謝能力が高まつて細胞が生き生きしてきて、全身的に元気になる、と病院へ水を持って見舞いに来てくれた方がベッドサイドで話してくれたことを信じてね」はじめはコップで何杯かというところからスタートし、その年十二月には一日飲めるようになった。
病院からは貧血の鉄剤が出ただけで、特に肝臓の薬は出なかった。
肝臓がまだ肝炎の薬を飲める状態まで回復していなかったのだ。
あとは水だけだ。
食欲が出てよく食べるようになっていった。
血小板の数値は特によくなっていったワケではなかったが、だるさは次第に誓子さんの体から消えていった。
「朝皆を送り出してから横になることなく、すぐに家事に取りかかることができるようになりましたし、お昼寝もいらなくなりました。
夜もけつこう遅くまで起きていられますし、日常生活にはほとんど支障がなくなったのです。
買い物なんかでも、自転車でさっと行けるし。
病院の治療としては特に何もしているワケでもないのに、あまりにも急速な回復ぶりで、病院でも、どうしてって、言われるんです。
炎ウイルスは、検査するとまだちゃんと肝臓にあるワケですし。
でも、とにかく考えられないような早さで元気になっちゃっている。
水を飲んでいる当の私だってどうしてなのか、はっきり説明することができないんですから、病院の方々が不思議がるのも無理ないのでしょうけど」ズボンがからしになったT誓子さんの家では自然回帰水を中心に、家族それぞれに好現象が起こった。
まず、夫の肥満と糖尿病にみるべき変化が起こった。
「主人は以前から糖尿の気があって、空腹時血糖値が200時/心(正常値・叩0/h)になることも珍しくなく入院治療を受けたこともあるのです。
主人の母も糖尿ですから遺伝的な体質なんでしょう。
糖尿の薬も飲んでいるのですが、私の入院中外食がちになったりストレスが重なったせいもあって、血糖値が高くなったのです。
それと肥満。
一番太っているときに作ったウエスト一メートルのズボンをはいているんです。
サイズでいうとが一つ付くくらいのそれが、私が退院してから3リットル水飲み健康法をしっかりやったら、になったんです。
それまでは、油抜き、肉も魚もダメ、野菜中心の精進料理みたいな食事をし、ビールも控えて、それでもウエストが減らなかったのです。
ところが、毎日0・5リットル入りボトル二本の回帰水を車に積んで出て、飲み切って帰ってくるようになったら、ズボンはでOK、血糖値も下がって、いまでは食べたいものを食べ、ビールも毎晩飲んでます。
それでも元の太さに戻らないの。
主人の母はしばらく家にいる問、回帰水を毎日飲み、回帰水で処理した食材で作った料理を皆と一緒に食べているうちに、鈍くなっていた足の感覚と失われていた味覚が戻ったのです。
母は、長崎で原爆に被爆したとき、足と、脳の味覚に関わる分野を傷めて、それ以来その感覚がマヒしていたんです。
病院の薬もかなり長期間飲んだようなのですが、治らなくて諦めていたのが、水で改善してきたと喜んで十一月頃長崎に帰ったのです。
ところが、一週間くらいしたら電話がきて、また味がわからなくなった、というのです。
薬を飲んだけれど治らないと。
それで、慌てて長崎の母の家にも自然回帰生水器を取り付けてもらった。
そして十日目くらいに、この水飲みつづけたら味覚がまた戻ってきたって、すごいすごい本当なんだ、やっぱり水のせいだったんだ、と大喜びで」子どもにも嬉しいことがあったという。
上の三年生になる子はアトピーだった。
「小学校入学前の検査でアトピーとわかって、牛乳と卵がダメだったのです。
だから、そういうものが入っている料理とかお菓子とか食べると摩くなってきて・。
水分はいつもジュース類とかそんな飲みものばかりだったのが、回帰水が付いてからはいつの間にか水を飲むように変わったのです。
ジュース類はほとんど口にしなくなったせいでしょうか。
最近、アトピー検査を受けたら、アトピーじゃない、という結果が出たのです。
不思議よね、水なんかで。
家族皆がすごい元気になっちゃった」でも、うちの場合は、私が一番元気を貰ったんですけどね、とT誓子さんは胸を張った。
卵巣嚢腫・子宮筋腫・胞状奇胎・生理痛・C型肝炎主婦I章子さん(引歳・埼玉県寄居町)/会社員公温さん(歳)「子宮を取らない選択もあるのではないでしょうか」「そういえばあのとき出会ったOOが、人生の岐路だったな」人には誰でも、後になって考えれば、たしかにあのときが、と気付く人生のタニングポイントがあるものだ。
それは、人との出会いであったり、モノとの出会いであったりいろいろだが。
埼玉県・寄居町在住のI公温さん(仏歳)、章子さん(剖歳)夫妻にとっては、自然回帰水との出会いがまさにそれだった。
ことに章子さんにとっては、末娘の某ちゃん(2歳3リットルヵ月H平成十四年六月現在)が家族の一員として生まれてきていなかったかもしれない、重大な岐路だったのだ。
いま、Iさんの家は某ちゃんの上の長女真央ちゃん(叩歳・小四)を入れて四人家族なのだが、三年前、真央ちゃんがまだ六歳だった平成十一年一月にその出会いは訪れた。
章子さんが胞状奇胎で二度流産した直後のことだった。
卵巣嚢腫(良性腫蕩)と子宮筋腫もあり、医師からは子宮摘出手術をするよう勧められた。
二、三軒病院をまわったが、どこでも同じように言われた。
「抗ガン剤治療もやろう、と。
生理痛もいつもひどい状態でしたし、主人や親には命の方が大事だから摘出手術を決心するよう迫られたのです。
胞状奇胎は遺伝子の染色体が関わるもので、どっちにしても、今後も正常な妊娠は望めないという。
でも、子宮を取ってしまったらもう子どもを産むことができなくなって、真央は兄弟なしで生きていくしかない子宮を取るのか、ある程度のリスクを覚悟の上で温存して次の妊娠を期待するのか、I章子さん、公温さん一家私は切羽詰まりました。
そんな状況のときに、知人から自然回帰水のことを耳にしたのです。
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